7/31(金)ワークショップを開催します
後悔の人生から納得の未来へ変わるために、決心の意味を考えます
\カフェで話しているような/
AIラジオを聴く
「読むカウンセリング」は、アダルトチルドレン(AC)やHSPなど、生きづらさを感じやすい方に向けた、セルフケアのための読み物です。
さまざまな心理療法や心理学の理論、そして、なりた自身がこれまでの出会いの中で培ってきた経験をもとに、時間をかけて丁寧に作成しています。
ページを読むこの時間が、あなたにとって小さなカウンセリングのような時間になることを願って、ひとつひとつの言葉を大切に綴りました。
遠くにいても、誰かが自分のことを理解しようとしてくれている。
そんな感覚を、少しでも受け取っていただけたら嬉しく思います。
何かに迷っているとき、私たちの心の中には、少なくとも「2つ以上の思い」があります。
「こうなりたい」「でも怖い」
「やりたい」「やりたくない」
「このままじゃいけない」「でも変わるのは怖い」
こんなふうに揺れる気持ちは、今日のランチをAセットにするかBセットにするかといった小さな迷いから
恋愛・進路・仕事といった大きな選択まで、人生のいろいろな場面で起こります。
今回は、「決心する」とはどういうことなのか。そして、その決心を後押ししてくれる「悩みが解決した姿」とはどんな状態なのかを、いっしょに考えてみたいと思います。
「いつまでも決められない自分は、優柔不断で弱いんじゃないか」——そんなふうに、自分を責めてしまうことはないでしょうか。
でも、私はそうは思いません。
そもそも私たちが悩むのは、心の中に2つ以上の思いがあるからです。
そしてその奥には、「損をしたくない」「何かを選んだことで後悔したくない」というような気持ちが隠れています。
迷えるというのは、ある意味では自分の人生を大事にしようとしている、というひとつの証なのだと思います。
ですから、決められずにいることは、弱さではありません。
ただひとつだけ、考えてみたいこともあります。
それは、迷ったまま長く立ち止まっていると、本当は手にできたかもしれない変化のきっかけを、知らないうちに遠ざけてしまうこともある、ということです。
だから「決められない自分はダメだ」と責めるのではなく、「では、どうすれば、何かを決めるスタートラインに立てるだろう」と考えてみる。今回は、そんな視点でお話を進めていきたいと思います。
「解決」という言葉には、いくつかの状態が考えられます。
◇片付く(問題そのものがなくなる)
◇納得する(自分の中で意味を見出せる)
◇折り合う(完全には消えないけれど、共存できる)
◇気にならなくなる(悩みについて考える時間が減る)
◇そのまま持ち続ける(分からないままを生きる)
ネット上では、「苦しさから解放」「あなたが生まれ変わる」といった表現をよく目にします。
アダルトチルドレン(AC)やHSPの傾向をもつ方なら、こうした言葉に胸をつかまれるような気持ちになることもあると思います。
でも、よく考えてみると、その「悩みが解決した姿」とは、いったいどんな姿なのでしょうか。
たとえば、白黒思考をやめたいと悩んでいる方がいるとすれば、「白黒思考をやめた自分」とは、どんな姿なのか。
そこを思い浮かべてみることで、これからどんな選択をしていけばいいのかが、少しずつ見えてきます。
ですから、まずは、あなたが今抱えている悩みが解決した姿を、イメージしてみてほしいと思います。
とはいえ、いざやってみると、「解決した自分」がうまく思い浮かばない、という方もいると思います。
「どうせ私なんて」という声のほうが先に出てきてしまう。
頭が真っ白になってしまう。
そういうときは、無理にきれいな想像をしなくても大丈夫です。
代わりに、「感覚」を手がかりにしてみることもできます。
「こうしていると、なんだか心地いいな」
「こういうときは、ちょっと安心できるな」
——そんな、小さな小さな感覚です。
その感覚を覚えていたら、「これを感じたのは、過去にどんなことをしていたときだったかな」と、思い出してみる。
過去の自分が心地よかった場面を、今、思い浮かべてみる。
そんなやり方もあります。
イメージがうまくできなくても、「どんな状態なら、自分は心地いいだろう」。その問いから始めることができます。
決心とは、「何かを選ぶこと」であると同時に、
「選ばなかったほうを手放すこと」でもあります。
「安定」を選べば「挑戦」を、「挑戦」を選べば「安定」を手放すことになるかもしれません。どちらの道にも魅力があり、どちらにも不安があります。
そして、迷いが半々のままだと、どうしても一歩を踏み出しにくくなります。
決心が動き出すには、どちらかの思いが、ほんの少しでも——
少なくとも一方が51パーセントでもいてくる必要があるのだろうと思います。
そして、もうひとつ大切なのが、手放した残りの部分を、その後どう受け止めていくか、ということです。
手放した気持ちが「後悔」として残ると、せっかく選んだ「今・ここ」にある喜びまで、薄れたり、気づきにくくなったりすることがあります。
同じ選択をしても、それを「後悔」として持ち続けるか、「納得」として受け取るかで、その後の心持ちはずいぶん変わっていきます。
ここで、少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
「みんなが言うから、正しいはず…」
「本当は嫌だけど、親がそう言うから…」
こんなふうに、自分の決断を、自分の外側にある「みんなの正しさ」に預けてしまうこと……皆さまにも心当たりはないでしょうか。
子どもの頃、いつも誰かに「ああしなさい」「こうしなさい」と言われて育ってきた人ほど
自分の“好き・嫌い”と、世間や他者の“良い・悪い”が、知らずにごちゃごちゃになります。
でも、「好き嫌いで決めるなんて、わがままなんじゃないか」
「無責任になるんじゃないか」
そう思われる方もいると思います。
少なくとも私は、“好き嫌いで決めること”と“わがまま”は、あたたかさが違うものだと思っています。
わがままや無責任というのは、相手のことをまったく感じていないし、相手への優しさがない状態のことです。
一方で、好き嫌いで決めるというのは、まず自分という存在を大切にしたうえで、相手の存在も大切にする——
つまり、「あなたも、私も」という気持ちの上に成り立っています。
たとえば仕事では、どうしても苦手な人と関わらなければならないこともあります。
それでも、嫌いな気持ちにふたをして、我慢して付き合い続けることは、実は自分にも相手に対しても、あまり誠実とは言い切れないのかもしれません。
そして私が一番伝えたいことは、もしあなたが
「人に迷惑をかけたらどうしよう」と、まわりのことを気にかけてしまう人なら。
私は、その心配ができる時点で、あなたはもう、わがままな人ではないのだと思います。
それは、その優しさがあるあなたなら、自分の“好き嫌い”の上に、ちゃんと相手の気持ちも乗せて、判断していける力がこれまでの人生の中で備わってきているのだと、私は考えるからです。
決心とは、「良い・悪い」だけで判断することではなく
「自分の心の内側が、YESと言っているかどうか」を聴くこと。
その心の声に耳を傾けるところから、本当の意味での“自分の決心”が始まっていきます。
「手放す」と聞くと、「選ばなかったほうを、もう一切考えないようにしなきゃいけない」と考える人もいるかもしれません。
でも、決してそういう意味ではありません。
人生の中で「100%これでよい」と思えるものは少ないと思います。
だから、過去を思い返して少し後悔をすることは自然なことです。
ここで言う手放すというのは、一気にすべてのことを放り投げることではありません。
選んだほうへ、一歩ずつ歩みを進めていく。
そうして、選んだことに少しずつ心を向けていくうちに、手放したもう片方のことを考える時間が、だんだん減っていく。そういう、ゆっくりとした過程なのだと思います。
そして、いつか振り返ったときに、
「ああ、この道を選んでよかった」と思えたなら…
後悔は、いつのまにか納得へと、形を変えていけることができます。
とはいえ、「選んだほうへ一歩ずつ」と言われても、何から手をつければいいのか、戸惑うこともあると思います。
そんなときは、いきなり大きく動こうとせず、
小さな一歩(スモールステップ)から考えてみるのことができます。
たとえば、こんな質問に皆さまならなんと答えますか?
・いま、やらなくてはいけないことはなんですか?
・なにを、やりたいのですか?
・なにを、やらなくていいのでしょうか?
本当は、「やりたいこと」から考えられると、モチベーションが上がるのかもしれませんが、
これまで「ちゃんとやらなくちゃ」という思いの中で生きてきた方ほど、いきなり「やりたいこと」を聞かれても、イメージが出てこないことが多くあります。
ですから、まずは「やらなくちゃいけないこと」と「やらなくていいこと」を、分けてみるところから始めてもいいと思います。
その仕分けの目安として、
・「やらなくちゃいけないこと」 は、決められたルールや期日など、本当に守る必要があるもの
・「やらなくていいこと」 は、実はあなたが手放したいと思っているものと、今日通じている部分があるかもしれません
もう少し細かく仕分けたいときは、
「やりたい・やりたくない」と
「できる・できない」
という、2つの軸で整理してみる方法もあります。
Ⅰ. やりたい × できる
→ まずは、ここから初めてみましょう。
Ⅱ. やりたい × できない
→ 工夫したり、学んだりする余地があるかもしれません。
Ⅲ. やりたくない × できる
→ もしかしたら、もう手放してもいいこともあるかもしれません。
Ⅳ. やりたくない × できない
→ どうしてもやらなくてはいけないものを除いて、無理に抱えなくていいものかもしれません。
こうして並べてみると、
「やらなくちゃいけない」と思い込んでいたことの中に、
実は「やりたくないけれど、できてしまうから続けていた」ものが、混ざっていたことに気づくかもしれません。
それは、先ほどお話しした「嫌いなのに我慢して続けていること」と、どこかで重なっているのかもしれません。
ここまでを読んで
「頭ではわかるけれど、それでも選ばなかったほうを手放せない」と感じる方もいると思います。
何かを決めたあとも、「やっぱり、もう片方にしておけば」と、何度も思い返してしまう。
そんなときは、ひとつ、考えてみてほしいことがあります。
選ばなかったほうを、繰り返し思い返してしまうその奥には、あなたが「どうしても手放したくないもの」が隠されているかもしれません。
一体それは何なのか——
たとえばそれは、心の安心なのか、だれかとのつながりなのか、私の存在を認めてもらうことなのか。
そこに気づけたとき、後悔は少しずつ納得のほうへと、形を変えていくことがあります。
ただ、ひとりではどうしても整理できないという人もたくさんいると思います。
悩んでいるときほど「何に悩んでいるのかもわからない」という状況に陥ってしまします。
そういうときは、信頼できる誰かと一緒に、抱えている迷いや後悔を、もう一度ていねいに整理してみる。
そんな選択肢も、私はご提案したいと思います。
🌱この記事を読んで、「自分のことを少しだけでも話してみたい」と感じた方へ
もし、「ひとりでは納得のいくほうへ、どう進めばいいか思いつかない」と感じたなら、カウンセリングという選択肢も、どうか視野に入れてみてください。
当相談室では、「話したくないことは話さなくていい」という匿名性を大事にしています。
お名前も、ニックネームのままで大丈夫です。
実際、来てくださる方の年齢も、抱えている迷いも、本当にさまざまです。
そして、皆さま一人ひとりがご自身なりの「納得」を見つけていく過程にご一緒させていただくとき、
「何かを決め直すことに、遅すぎるということはない」のだと、私はいつも感じています。
迷いの中から、あなたにとって納得のいく一歩をともに探していきたい。
今よりももっと素敵な明日を自ら感じていただける勇気が少しでもあるのなら。
その道のりを、ぜひご一緒させていただけたけることを願っています。