7/31(金)ワークショップを開催します
健やかな依存と、苦しい依存の違いとは
\ちょっと長いけど/
ラジオ版を聴く
「読むカウンセリング」は、アダルトチルドレン(AC)やHSPなど、生きづらさを感じやすい方に向けた、セルフケアのための読み物です。
さまざまな心理療法や心理学の理論、そして、なりた自身がこれまでの出会いの中で培ってきた経験をもとに、時間をかけて丁寧に作成しています。
ページを読むこの時間が、あなたにとって小さなカウンセリングのような時間になることを願って、ひとつひとつの言葉を大切に綴りました。
遠くにいても、誰かが自分のことを理解しようとしてくれている。
そんな感覚を、少しでも受け取っていただけたら嬉しく思います。
「また、自分ばかり我慢してしまった…」
恋人、親子、職場の人間関係で、そんな風に感じたことはありませんか?
「私が支えなきゃ」と、相手のために自分を後回しにして、疲れ果ててしまう。
苦しいのに、あの人との関係から離れることができない。
「私がいないと、あの人はダメになる」
そう思いながら、自分の心だけがすり減っていく。
もしかしたら、それは“共依存”と呼ばれる関係かもしれません。
でも、共依存的な生き方は少しずつ手放していくことができます。
今回はそんな「共依存」の本質を、優しく一緒に見つめていきましょう😌
「依存」と聞くと、どこか後ろめたい響きがあります。
けれど、人は誰もが何かに頼りながら生きています。
子どもが親に甘えること。
大切な人に、私の話をただ聞いてほしいと求めること
落ち込んだ日に、温かいコーヒーを飲んで一息つくこと。
好きな音楽を聴いて、ふっと肩の力がぬけること。
そのどれもが、「自分の気持ちを整える」ための、自然な依存です。
人に頼ることも、モノや習慣に助けられることも、生きていくうえでなくてはならない大切な営みです。
つまり、依存すること自体は、決して悪いことではありません。
健やかな依存が「気持ちを整えるもの」だとすれば、
共依存とは、心に空いた穴を、誰かやなにかで必死に埋めようとする行為です。
その穴の多くは「寂しさ」「虚しさ」「孤独」といった感情が隠れています。
もともとは、お酒に依存した人とその家族の関係性を説明するために生まれたことばでした。
けれど今は、恋愛や親子関係、職場での自己犠牲的な働き方まで、さまざまな場面で使われるようになりました。
相手のために、自分を後回しにしてしまう。
相手が抱える問題まで、自分の責任のように感じてしまう。
苦しいのに、お酒や買い物がやめられなかったり、追いかけられるように仕事にのめりこんでしまう。
その行動の裏には「この空っぽの心を、なんとか埋めたい」という切実な思いが隠れていることが多いのです。
その穴は、
「私はここにいて大丈夫」
「私は大切にされている」
という感覚が、十分に満たされなかったときに生まれやすいと言われています。
◇幼いころ、安心して甘えられなかった。
◇いつも「良い子」でいることを、どこかで求められていた。
◇親や、まわりの大人の表情を伺いながら大きくなった。
不機嫌な気配を感じると、まるでそれが自分のせいであるかのように、身がすくむ。だから先まわりして、相手の機嫌をとる。
もしかしたら、この記事を読んでいる方の中にも、そんな経験をしてきたかたもいるかもしれません。
それは、子どもが家の中で生きのびるために、必死に心が選ばざるを得なかった「知恵」だったとも言えます。
ただ、その知恵は大人になってからもなかなか消えないことがあります。
かたちを変えて、相手の顔色をうかがう癖になったり、相手からのお願いを断れない癖になったり、
「相手のためなら」と自分を差し出す癖になっていく。
子どものころに身につけた生き方が、そのまま大人の関係の中で繰り返されることは、決してめずらしくありません。
こうした生い立ちは、しばしば「アダルトチルドレン」という言葉で語られることがあります。
HSPと呼ばれる繊細な気質をお持ちの方なら、相手の感情を敏感に感じ取りすぎて、自分との境い目を引くことがいっそう難しいこともあるでしょう。
けれど、心に穴があること自体は、おかしなことでも、恥ずかしいことでもありません。
誰の心にも、大なり小なり空白はあります。
ただ、その穴を埋めるための関係や習慣が、今のあなたを苦しめているのなら
——そこに気づくことから、人生の変化を始めていくことができます。
「そんなに苦しいなら、離れればいいのに」
そんな言葉に、かえって深く傷ついた方も多いと思います。
でも、そんな簡単な話ではありません。
それは、苦しい関係に留まってしまうのは、そこに手放しがたい「何か」を受け取っているからでもあるからです。
頼られることで、孤独が少しやわらぐ。
「この人には私が必要だ」という感覚が、消えかけた私の存在価値を、かろうじて支えてくれる。
「支える人」でいるあいだは、生きている意味があるように感じられる。
そして何より、誰かのことで頭をいっぱいにしているあいだは、自分の中の寂しさを見ずにすむ。
これらは一時的に、自己否定の“痛み”をやわらげてくれる薬のような効果があります。
けれど、その薬の効果は長くは続かず、続ければ続けるほど、少しずつ、自分という存在を見失っていきます。
何かに尽くすことで私の価値を感じていると、その引き換えに失ってしまうものがあります。
「私は今、何を感じているのか」
「本当は、何を望んでいるのか」
——生きる意味が、だんだんわからなくなる。
相手の問題と自分の問題の境い目がにじんで、相手の感情に巻き込まれ、疲れ果ててしまう。
本来なら自分のために使えたはずの時間と心の力を、相手に注ぎつくして、気づけば自分の人生を生きられなくなっている。
そうして最後に、「こんな私ではダメだ」という自己否定が顔を出し、それがまた次の依存を呼ぶ。
こうした苦しい循環が私を苦しめます。
ここで、いちばんお伝えしたいことを書きます。
共依存の背景には、「必死に生き抜いてきた物語」があります。
別の言い方をすれば、そうせざるを得ない事情が確かにあったということです。
それは、苦しみの中で生きてきたあなたが見つけた、生きのびるための唯一の方法でもありました。
だから、その視点から見れば、あなたは弱い人でも、問題のある人でもありません。
問題なのは、身も心もすり減らせてしまう、その“悪循環”が今もまだ続いてしまっていること。
あなたが問題なのではなく、あなたの心を苦しめているものが問題と考えることができます。
その循環が今も心の中を回り続けていることに気づくこと——
そこから、変化の道は始まります。
共依存を手放そうとすると、決まって不安が顔を出します。
相手を見捨てるようで、罪悪感がこみあげる。
ひとりぼっちになるのが、こわい。
このつながりがなくなったら、自分には何も残らない気がする。
これは、これまであなたを守ってきた昔の生き方が、「戻っておいで」と引き留めようとするサインです。
人の心は不思議なもので、どんなに苦しい場所でも、慣れた方法にとどまろうとする力が働きます。
でも、そのサインに気づいた時こそ、悪循環を断ち切るチャンスです。
無理に追い払おうとするのではなく、
「今、私は不安なんだな」と、ただ認めてあげる。
一見、意味のないことのように思えるそのほうが、不安はかえって静かに落ち着いていきます。
今から始められる、小さなケアをご紹介します。
1.今の気持ちを、小さくつぶやいてみる
「私は今、不安なんだ」「寂しいと感じている」。
声に出すと、モヤモヤしていた感情がハッキリと認識することができます。
もし気持ちに名前がつけられないときは、なんとなく違和感のある身体の場所——例えば、胸のあたりや、喉もとにそっと手を当ててみてください。
緊張や不安は、自分自身が感じることを嫌がります。
だから、ちょっとだけその気持ちの中にとどまると、心はすっと落ち着きを取り戻していきます。
自分の気持ちに、ふと気づけた
そんな小さな気づきを集めていく時間そのものが、空いた穴をあなた自身の手で埋めていく力になります。
じつは厳しく育てられた方ほど、「こんなの、大したことない」と、その小さな芽を見落としがちです。
なりた心理相談室では、その小さな変化に気づくためのホームワークを、無償でご用意しています。よろしければ使ってみてください。
「弱さを見せても大丈夫」と思える場所は、心に安心を育てる土台になります。
自助グループや、信頼できる相手との会話も、その一つです。
なりた心理相談室でも、恋愛依存や親子関係、職場での人間関係の悩み、アダルトチルドレンやHSPの生きづらさなど、今日まで様々な内容のお話をうかがっています。
「こんなこと、相談していいのかな」と迷っている方こそ、選んでいただく「安心・安全の場所」でありたいと、発信を続けています。
「どこまでが自分の責任で、どこからが相手の責任か」
「どこまでは我慢できて、どこからは嫌なのか」。
きれいに線を引けなくて構いません。
ただ、今の状態はどうかな?と“意識してみる”だけで、自分の心を守る感覚が、少しずつ育っていきます
散歩、好きな音楽、ていねいに淹れた一杯のコーヒー。
かつて自分を癒してくれたものを、もう一度思い出してみてください。
新しいことを始めるより取り入れやすく、続かなかった自分に落ち込まずにすみます。
すでにあなたを支えてくれた“もの・こと”は、実はいちばん近くにあるセルフケアだったりします。
※お酒は、一時的に心をほぐしても、長い目で見れば身体の負担になります。
心が疲れているときほど、やめておきましょう。
共依存を手放していく過程は、苦しさと自分への優しさのあいだを、何度も行き来するような時間です。
人に向けてきた思いやりを、少しずつ、自分にも向けなおしていく。
はじめはうまくいかなくても、繰り返すうちに、「自分は何を感じ、何を望んでいるのか」が、ゆっくり戻ってきます。
焦らなくても、完璧でなくても大丈夫です。
「自分には無理かもしれない」
そんな気持ちでいっぱいの方もいるかもしれません。
でも、こうしてHPを読んでくださっています。
それ自体が、あなたの中の小さなご自身が、もう少し生きやすくなる道を、すでに探しはじめているのかもしれません。
当相談室に来てくださる方は、様々な年齢の方がおられます。
ということは、心の変化はいくつになっても始めていけるし、手に入れたいと強く感じている人もいる、という確かな証拠でもあると思います。
🌱この記事を読んで、「自分のことを少しだけでも話してみたい」と感じた方へ
なりた心理相談室では、対人関係の悩み、恋愛依存、親子関係、職場でのストレスなど、さまざまなご相談をうかがっています。
うまく言葉にできなくても、言いたくないことは話さなくても大丈夫です。名前もニックネームで構いません。いま話したい事をお話しください。
これまでの共依存的な生き方から、「私は何をしたいのか」を大切にできる生き方に変えていける勇気が皆さまの心の中に少しでも宿ったのなら、
私は皆さまとともに、これまでの生き方をねぎらい、そしてより良い未来に向け「変化の可能性を」大切に見つけながらお話をさせていただきたいと願っています。