聴く音声ブログ/YouTubeを更新しました
「このままじゃいけない」と思っているのに、なぜか動けない。何かモヤモヤしたものがあるのに、自分が何を感じているのかが分からない。
そんなとき、私たちの心の中では、二つ以上の気持ちが静かにせめぎ合っています。その相反する気持ちに、どう向き合っていけばいいのか。
今日は、「自分が何を感じているのかわからないとき、どうしたらいいか」というテーマでお話しします。
〔上の再生ボタンから、音声を聞けます〕
皆さま、こんにちは。もしくはこんばんは。なりた心理相談室のなりたです。
今日もこの「聴く音声ブログ」にお越しくださって、本当にありがとうございます。
今日お話ししたいテーマは、「自分が何を感じているのかわからないとき、どうしたらいいか」ということです。
相談室にお越しくださる方の中には「こうしなければいけない」と思っているのに、何か、その行動する力を抑えつけているものがある。前に進もうとする力を、何かが抑えつけている。でも、それが一体何なのか、自分が何を感じているのかが分からない——そんなお話を、よくうかがいます。
これを聴いてくださっている皆さまの中にも、「このままじゃいけない」と思っているのに、なぜかやる気が出ない。何かモヤモヤしたものがある。そう感じている方は、多いのではないかなと思います。
そうした、自分が何を感じているのか分からないとき。まずお伝えしたい気持ちがありますので、ご紹介させてください。
結論から言うと、悩んでいるときというのは、その中身をよく見てみると、二つ以上の気持ちがせめぎ合っている、ということなんですね。
当相談室では、親との葛藤、いわゆるアダルトチルドレンの悩みでお越しになる方も多いのですが、その例で考えてみます。
まず、「もう親とは距離を置きたい。親との間で苦しい思いや、嫌な思いをするのは、もうごめんだ」。そう感じている。これは確かな気持ちですよね。
でも、その裏に——「親を見捨てるんじゃないか」という思い。「これだけいろいろ面倒を見てもらったのに、自分は親に恩を返せていない」という罪悪感。そういったものが隠れていることがあります。
親から離れようとすると、親が急に弱ったような声で、「私たちを見捨てるの」「あなた、将来やっていけないでしょう」というように、「私のもとを離れないで」というメッセージを送ってくる。
それを聞くたびに、どこか、かわいそうに思えてくる。離れたいのに、心のどこかがそれを拒否している、足を引っ張っているような感じ。
少し曖昧な言い方になりますが、アダルトチルドレンで悩んでいる方の中には、こうした思いを同時に抱えているのでないかなと感じています。
「辛いな、嫌だな」という、意識に上がってくる気持ち。それに相反する、罪悪感や申し訳なさ、親から離れて自分がうまくやっていけるかという未来への不安。
そういった相反する気持ちは、意識の上には上がってこないで、ずっと奥に隠れていることが多いなと、カウンセリングの中で感じています。
意識の奥に隠れた気持ちは、意識としては上ってこないけれど、苦しさや、モヤモヤ、ときにはイライラといった、体の感覚をメッセージとして、私たちに伝えてくれます。
そして、これは前回もお話ししたのですが、こうした葛藤を抱えているとき、今はAIを使って答えを求めたり、話を聞いてもらったりする方も、とても多いと思います。
AIはとても優秀なので、答えに近いものや、問題を解決するための回答を、本当に綺麗に返してくれます。
けれど、そうした文章を読んでいても、不思議なもので、なかなか納得できないことがあるんですね。
二つの葛藤する気持ちの割合を、円グラフで想像してみてください。この割合が50%、50%に近ければ近いほど、「こうすればいいよ」「こう考えてみましょう」という答えをもらっても、なかなか納得できないんです。
納得には二種類あります。頭で理解している納得と、心が腑に落ちていくような納得です。葛藤する気持ちが半分、半分に近ければ近いほど、頭では納得できているけれど、心が納得できないから動き出せない。そんな苦しい状態になるんですね。
AIも含めて、SNS上にあるような「こう考えましょう」という答えを見ても葛藤するのは、必ずしもその答えが正しくないからではありません。
では、その葛藤する気持ちに、どうしていけばいいのか。まず前提として、なりた心理相談室では、相反する気持ちの片方を消したり、抑えつけたりということはしません。二つの気持ちを、どちらも大切にするんです。
── 片方を抑えつけると、身体に跳ね返ってくる
苦しいとき、人はつい、片方の気持ちを抑えつけたり、見なかったふりをしたり、押しつぶそうとします。
「こんなふうに考えちゃだめだ」
「いやいや、それは間違ってる。これで合っているんだ」と。
「こうしたい」という気持ちが90%以上あって、「本当はやりたくないな」という気持ちが10%くらいなら、ご自身で納得して、始められる原動力に変わっていきます。
だからこそ、「私の中には二つの気持ちが確かにあるんだ」と。
「本当は前に進まなくちゃいけない、このままじゃいけないと思っている自分」と、「でも、このままでいたい自分」。
将来が不安で、今も苦しいけれど、この場に留まっていたい——そんな、人には話せないけれど、確かに自分では感じている心の葛藤も、カウンセリングの中では大切に扱っています。
それを認めるか、迎え入れるかは別として、ただ「あなたの中には確かにこういう気持ちもあって、それが前に進もうとする力の前に立ち塞がったり、足を引っ張っているんですよね」と、二人の間で確認と実感をしていく。そういうことをしています。
ですので、ぜひ、「二人の自分がいる」「二つ以上の葛藤を抱えている自分がいる」ということに、普段の中でも、ほんの少しだけでいいので、意識を向けてほしいなと思います。決して相反する気持ちを歓迎しなくていいと、私は思っています。
「やりたくない自分もいるんだよね」と、それくらいの認識をするだけでいいんです。
この葛藤する気持ちは、どちらか一方が過半数のほうへ傾いていく可能性があります。
どちらかが過半数以上に傾いてきたとき、「それじゃあ、こういうのをやってみよう」という決断に変わるかもしれません。うまくいかないかもしれないけれど、とにかくやってみよう。
失敗する可能性はあるかもしれないけれど、やらない側の自分も納得しつつ、今できることをやっていこう——そんな気持ちに変わっていくかもしれない。
あるいは、「やらないんだ」というほうに過半数が向いたなら、「私はやらないんだ」という決断ができるかもしれません。そして、やらなかったことに対する納得も、できてくるかもしれません。
そうやって、ご自身の中に「イエス」を取り戻していく。私はよくそう言うのですが、「私はこういうことを感じているんだ」「こういうことを思っているんだ」という心からの納得感、すなわち心からのイエスを、本人の中に取り戻していく。
本人が納得感とともに感じられるようになる。これが、より良い将来をつくっていくためのステップの一つなのかなと、今の私は考えています。
カウンセリングの中のご紹介にはなりますが、必要に応じて、この葛藤する気持ちの感覚に意識を向けるワークを、相談者さんお一人おひとりの感覚に合わせてご提案することもあります。
たとえば、心の痛みを感じている方だったら、「それは体のどのあたりで感じているかな」と。
何かを感じることが難しく、どちらかというと言葉のやり取りで自分の中の気づきを理解していきたいという方であれば、葛藤するモヤモヤした気持ちに名前をつけてみたり。
未来に向けた考え方もできます。たとえば、「今のこのままでいる」という気持ちを選んだとき、それは相談者さんにとって、どんな未来が待っているのだろうか。
そして、その未来に相談者さんが納得していくためには、どんなことが必要かな、と。
過去を振り返るのであれば、「このままでいたい」という気持ちは、これまでの相談者さんの人生に、どんな影響を与えてきただろうか、と考えることもできます。
当相談室は、何か一つの心理療法にこだわるのではなく、さまざまなエッセンスを大切にしながら、相談者さんお一人おひとりにフィットするような、90分間のカウンセリングを目指しています。
今のあなたを悩ませているもの、そして、なりたい未来に目を向けながら、共に考えていく。そういう姿勢を大切にしています。
そしてその中で、私と相談者さんの間に、「教える人」「教えられる人」という上下の関係にはならないように、私自身はとても意識しています。
どちらかというと、相談者さんが抱えている問題や悩みに対して、二人で目線を合わせて、「どのように扱っていけばいいのかな」と、一緒に手立てを考えていく。
気が付いた小さな変化はフィードバックをしたり、ご自身の気持ちを探求していったり。そんなプロセスを歩んでいく姿勢を大切にしています。
冒頭のテーマにあった、「自分が何を感じているのかわからないとき、どうしたらいいか」にも通じるのですが
やはり、相談者さんご自身が納得感を体で感じられたとき——その心からのイエスを、私は本当に大切にしています。
先ほど、葛藤する気持ちは二つ以上、少なくとも二つの気持ちがせめぎ合っているとお話ししました。
その相反する気持ちがどういうものであるかは、カウンセリングが始まる前には、おそらく私にも、相談者さんにも分からないことだと思うんですね。
ただ、セッションが深まっていくときに、「確かに私の中には、こうしたいという気持ちと、こうはしたくないという気持ちがあるな」と、本人の納得の形で感じられたとき。
誰かに教えられたものではなく、本人の中で心から納得した感覚は、それが意識されているだけでも、ちからになります。
今後また何かトラブルが起きたとしても、同じような問題にぶつかったとしても、自分の中で納得するちからがついてきたり、傷つきから立ち直る力——これはレジリエンス(回復力)と呼んだりするのですが、そうしたちからが少しずつ育っていく。
そういう可能性が、本人の中に芽生えると信じているからです。
さらに、葛藤する気持ちというと、「何かをやるか、諦めるか」という二方向で考える方も多いと思うのですが
意外と、悩ませていたものが、自分の中で問題ではなくなっていく。小さくなっていく。
そんな解決の形も、もしかしたら生まれてくるかもしれません。
これまでカウンセリングを受けてくださった相談者さんの感想を見ていると、たとえば親との葛藤にまつわる悩みであっても、「こんなにいろいろな納得の仕方、こういうふうにしていこうという形があるんだな」と、私自身も驚かされます。
「正解と呼ばれるものはこれしかない」という方もいるとは思います。けれど、こんなに多様で、「本当にそういう形で、自分はいいんだ」と思えるようなイエスをご自身の中に発見したとき、問題だったものが問題ではなくなっていく。
そんな、スーッとした感覚を感じられる方が多いのだなと、私自身も驚きとともに、発見するわけです。
それでは、まとめに入りたいと思います。
ご自身が何を感じているか分からないとき。それでも苦しいなと思うとき。
少なくとも二つ以上の気持ちがせめぎ合っているからこそ、そうさせているかもしれない
——そこに、ぜひ注意を向けてみてほしいなと思います。
都合の悪い感情であればあるほど、その感覚は、意識の下にぎゅうぎゅうに押し込まれていると思います。
「○○したいけど、本当はしたくない」。そんな気持ちが、割合で言うと50%、50%に近いとき。
その葛藤は、時に身体の反応として現れます。胃がぎゅっとしてきたり、我慢していた怒りがぐーっとこみ上げてきたり。体の感覚のメッセージとして、私たちに伝えてくれるんですね。
だからこそ、そうした感覚に少しでも意識を向けながら、「自分には今、相反する気持ちが、押し込まれた気持ちが、確かにあるんだな」と、いたわりの眼差しで見ていただきたいなと思います。
そうした中で、自分を悩ませていたものに気づいてきたり、「じゃあ、こういうふうにしていこう」という変化の可能性が、もしかしたら見つかってくるかもしれません。
少なくともカウンセリングの中では、相談者さんが勇気を持ってここに来てくださる——その事実から、私は変化の可能性を、いつも信じています。
それでは、今日はこの辺にしたいと思います。聴いてくださって、本当にありがとうございました。また次回、お会いしましょう。